(ソウル新聞 韓国語 2017/08/24)

女優ソン・ソンミさん(43)の夫であるコ某氏(45)を凶器で刺して死亡させた被疑者が拘束収監された

ソウル瑞草警察署はチョ某氏(28・無職)に対する拘束令状が発給されたと24日、明らかにした。チョ氏は去る21日午前10時40分頃、瑞草区瑞草洞のある法務法人事務所で事前に準備していた凶器でコ氏を一度刺して殺害した疑いを受けている。

チョ氏は警察で「コ氏が財産訴訟と関連した情報を渡せば2億ウォンを渡すとしていたのに1000万ウォンしか渡さなかった」
としながら「カッとしたあげく威嚇用に持ってきた凶器で犯行を犯した」と述べたと分かった。

警察によれば、コ氏は外祖父(母方の祖父)クァク某氏(100)の財産をめぐり家族間紛争を繰り広げている中だった

在日同胞出身であるクァク氏は数百億ウォン台の財産家として知られている。彼は18歳の時に日本に渡り、1963年から京都で観光ホテル事業を始め、現在4つ星級ホテルを所有している。2005年、2007年の2度にわたり高麗大に15億ウォンを寄付するなど奨学事業も行ってきた

膝下に1男2女をもうけているクァク氏が財産を長男の長男に渡し、娘の子供が「外祖父の意志と関係がなく名義が移った」として財産還収訴訟を提起した。コ氏はクァク氏の次女の息子だ

チョ氏は当初、日本留学時代に知り合った嫡孫と親しくつきあう間柄であった。しかし、最近、仲たがいし、コ氏側に近づいた。チョ氏は外祖父の財産を受け継ぐことが出来なかったコ氏に先に連絡し、「嫡孫の訴訟関連資料をUSB(移動式保存装置)に入れて渡すからお金をくれ」と要求したことがわかった。

コ氏とチョ氏は去る17日に初めて会い、コ氏が殺害された去る21日は2人が3回目に会った席であった。警察関係者は「チョ氏を相手に正確な犯行動機をさらに調査した後、来週検察に送検する予定」と明らかにした。(機械翻訳 若干修正)


事件の翌日(22日)にソン・ソンミ側が発表した主張↓を一応載せときます。

(WoW!Korea 2017/08/22)

 韓国女優ソン・ソンミ(42)側が夫の死亡と関連し、立場を明らかにした。

 ソン・ソンミ側は22日、「夫の不慮の事故と関連し、事実と異なる推測をされたり、確認されていない事実が流布されて故人の名誉が毀損され、遺族らが大きな傷を受けている」と法務法人を通じて、ソン・ソンミの夫の死亡と関連した立場を伝えた。

以下、ソン・ソンミの夫の死亡と関連した立場全文。
(略)
3.本事件は遺産相続争いと関連した事件ではありません。
本事件は既存の報道のように、祖父の遺産相続争いと関連し発生したものではありません。故人の祖父はご健在で、故人は違法に移転された祖父の遺産に対する民事・刑事上の返還訴訟に関して、祖父の意思に従い、訴訟の遂行を助けていました。現在、祖父のすべての財産は訴訟相手方の名義に全て移っている状況です

4.故人は被疑者に巨額の金品を与えることを約束した事実はありません
故人は本事件の発生わずか4日前の2017.8.17ごろ、訴訟相手方の側近と主張する被疑者から訴訟と関連した情報を与えるので会おうと突然の連絡を受けて、被疑者と初めて会うことになりました。事件発生当日、被疑者と3回目に会う場所で本件被害を受けることとなりました。

被疑者に初めて会ってから4日しか立っておらず、。被疑者がどのような情報や資料を持っていたのかも確認されていなかったため、故人が被疑者に巨額の金品を与えると約束することもできない状況でした。(略)


在日韓国人のクァク某氏は、経歴からしてこの人↓ですね。

 高麗大クァク・ユジ奨学金授与式
(ヘラルド経済 韓国語 2010/04/05)

高麗大学校(総長イ・ギス)は5日午前10時30分、高麗大の青山MK文化館大講義室で、日本から高麗大に留学を希望する学生のための『青山クァク・ユジ奨学会奨学証書授与式』を開催した。青山クァク・ユジ奨学会は、2006年に設立され、日本から高麗大に留学を希望する学生たちに1年間の寮費、月の生活費、保険料など留学経費全額を支援する。

青山クァク・ユジ奨学会理事長を務める日本,京都ANAホテル(京都全日空ホテル)のクァク・ユジ(郭裕之)会長は、18歳で日本に渡り、1963年に京都で観光ホテル事業を始め、現在、京都ANAホテル会長を務めており、奨学金の他にも2005年に高麗大日本研究センターに10億ウォン、2007年に5億ウォンを発展基金として寄付した。(機械翻訳 若干修正)


で、ホテルのホームページを見ると、やっぱり偽名なんですね。

ANAクラウンプラザホテル京都

◇会社概要

会社名 裕進観光株式会社
所在地 〒604-0055 京都府京都市中京区堀川通二条下ル土橋町10番地
電 話 075-231-1155(代表)
開業年月日 1986年6月25日
資本金 8,000万円
会 長 中山 裕之
社 長 中山 永次郎
従業員数 330名

◇沿革 当ホテルの歴史など

当ホテルが立地する堀川二条は平安時代、日本史上初の関白宣下を受けた藤原基経の邸宅でした。平安京の中でも「最高の館」と謳われた堀河院跡に立地し、庭園の一部が当ホテル駐車場の東北角に復元され、往時の姿をしのぶことができます。

江戸時代、当時大ベストセラーになった「養生訓」の著者で儒学者の貝原益軒の学問の師匠である松永昌三の講習堂跡の石碑がホテル入口(東堀川通り)に建てられています。天保年間から幕末まで二条城の大手門の正面に立地することから、越前松平家が藩主を務めた福井藩邸が この地にありました。

明治維新後の廃藩置県を経て、旧三井財閥の三井家京都本邸となり、第二次世界大戦後の財閥解体ののち裕進観光株式会社がこの地を取得。 

1963(昭和38年)より、京都全日空ホテルの前身である「二条観光ホテル」を営業しておりました。1986年(昭和61年)6月25日に開業した「京都全日空ホテル」は2011年(平成23年)6月25日開業25周年を迎えました。

そして2013年(平成25年)2月1日、「ANAクラウンプラザホテル京都」として新たにスタートいたしました。