(京郷新聞 韓国語 2017/08/23)

パク・フン,ソウル大教授東アジア史

世界で日本を無視するのは韓国の人々だけだという話がある。実際、ヨーロッパ人は日本の社会を若干おかしいと見ても無視はせず、中国人はとても嫌いながらも、それでも見下しはしない。私が20年余り前、日本留学に出るというので親戚の大人たちは「日本の歴史(時々、倭Xの歴史という方々も)で何を学ぶことがあるんだ、留学に行くにしてもよりによって…」といいながら舌打ちした。それに対し私は「知彼知己ならば百戦百勝」と言ってみたがそれほど効果はなかったものと記憶する。

当時、日本と韓国の格差は大きかった。『倭X』(ウェノム(倭奴、倭野郎)?)云々言う親戚の大人たちも「物は日本製が最高」と言って東芝の扇風機の前を離れようとは思わなかったし、デパートでも橋でも崩れると「倭Xが日帝時代に作ったのは今でもびくともしない!」と言いながら、突然、日本の報道官になってしまったりした。日本に観光に来た韓国人は秋葉原で最新の電子製品を買うことに余念がなかったし、私たちととても異なる通りの秩序と清潔に吐こうとした唾を再び飲み込んだ時期だった。放送は日本のテレビ番組をコピーしまくりながらも口を開けば反日、反日し、独立志士のような新聞記者の口からも「ヨコ(横)、ダテ(縦)」、「ミダシ(題名)」、「サスマワリ(警察署出入り)」のような一般市民は分からない日本製専門用語がすらすら出てきた。

私が1990年代に留学生として成田に降り立った日は、きめの細かい霧雨が降っていた。そこでリムジンバスに乗って留学生寮に向かう間、気持ちが楽ではなかった。寮に向かう車窓の外に広がった“先進国”の姿を眺めながら、日帝治下で〈民族改造論〉を書いたイ・グァンス(李光洙)、そして70年代初めに日本に直面したキム・ユンシク先生(<私が読んで会った日本>グリンビ)の心思を混乱させた“格差の壁”が浮び上がった。私もその延長線上にともあれ立ってしまったことを直感した。

ところが、去る20年間、信じがたいことが起こった。政治、経済、社会、文化など各方面で韓国が日本のあご下まで追いついたのだ。1997年、キム・デジュン(金大中)大統領が当選した日には、日本最高のアンカー筑紫哲也が明洞聖堂の前で「キンダイチュウ(キム・デジュンの名前はこの日本発音で広く知られている)が大統領になりました、皆さん信じられますか?」とし、韓国民主主義の躍動性に賛辞を送りながら日本政治を猛非難した。アジア大会でもオリンピックでも日本を抜いた。私は去る3年間に3度にわたり、日本の東京大・早稲田大、中国の復旦大とともに『韓中日青年歴史家セミナー』を開催してきた。東アジア史を専攻する40歳前後の若い歴史学者の学問的交流のためのものだった。私が勉強を始めた80~90年代、東洋史の最高峰は日本であったし、私はその巨大な壁の前で息がつまった。しかし、このセミナーに提出された韓国側の論文は日本側の論文に全く遜色がなかった。

これまでの奮闘のおかげで、最近の若者たちは日本コンプレックスが殆どないようだ。学生たちに韓国が日本と対等だと考えるか問えば、ほとんどが当然であることをなぜ聞くのかという反応だ。隔世の感、天地開闢だ

しかし、私は不安だ。私たちが日本をあまりにも早く過小評価していると思うからだ。実のところ、韓国社会の中枢である50~60代は日本と最も隔絶された世代だ。彼らは日帝を経験した上の世代や、日本文化を通じて日本社会を継続して接してきた若い世代と比較すると、日本をよく知らない世代に属する。皆がそうではないが、アメリカの博士号所持者が圧倒的に多いこの世代のオピニオンリーダーらと話してみると、アメリカが見る視角で日本を見下ろすという感じをしばしば受ける。このようなことが影響を及ぼすためか? 日本は全盛期を過ぎた国だと公然と話す学者がいるかと思えば、日本史の授業でも日本語テキストでの授業が不可能なほど日本語は‘辺境語’になってしまった。

私たちはまだ、挑戦者の姿勢で日本をもっと知らなければならない。知っても熟知しなければならない。日本が恐れる国は大口をたたいている国ではない。ソウルの地下鉄で若い女性が手に徳川時代の歴史書を持ち、村上春樹だけでなく夏目漱石もベストセラーになり、中年男性たちの酒場での会話に明治維新の指導者の名前ぐらいは平然と飛び出し、学校で韓国侵略の元凶としての伊藤博文だけでなく、そうした者がどうして近代日本の憲法と政党政治の父と評価されるのか、その不快さと複雑性について暴くそのような韓国を、日本は本当に恐れるだろう

うっぷん晴らしだけでは日本に勝つことはできない。もちろん腹が立ったら怒りを解決しなければならない。しかし、本当に克日したい心が切実ならば、日本に対する韓国社会の勉強と識見はもう少し高めなければならない。これには王道がない。虫眼鏡を持って着実に、腰を据えて粘り強く勉強、また勉強するしかない。世界中の人すべてが日本を尊敬しても私たちはそんなことできない。同時に世界中の人すべてが日本を無視しても私たちだけは無視してはいけない。(機械翻訳 若干修正)