(ヘラルド経済 韓国語 2017/08/10)

「慰安婦キム某おばあさんを探して謝罪しろという父の遺志を受けて韓国にきました。」

去る8日、釜山市南区の日帝強制動員歴史館に60代の日本人男性が訪ねてきた。彼は日本,福岡県に住んでいる日本軍の子孫の武富慈海氏(『兵士・庶民戦争資料館』の副館長)であった。

この日、武富氏は釜山歴史館に日本軍慰安婦の写真の原本1点と日帝強占期に朝鮮に駐留した日本軍の写真のコピー10点余り、朝鮮人学生たちが日本軍に送った慰問の手紙の原本3点などを寄贈した

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▲兵士・庶民戦争資料館の副官長である武富慈海氏(63)が朝鮮の学生たちから受けた日本軍慰問の手紙と日本軍の写真など資料を公開している。

彼の寄贈品中で最も目につくのは、日本軍慰安婦の写真だった。武富氏は写真の中の人物が釜山出身で『キム〇〇』さんと説明した

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武富氏の父親(武富登巳男)は21歳から31歳まで日本軍に服務して中日戦争と太平洋戦争に参加した。

そうしている間、ミャンマーに駐留した日本軍野戦司令部所属として服務するようになった。この時に知り合った戦友は写真と共に武富氏に「必ずキムおばあさんを訪ねて過去の過ちを謝罪してほしい」という遺言と共に息をひきとった

以後、武富氏の父親は2002年に亡くなり、息子の武富氏が代わりにキムおばあさんを訪ねて謝罪することを遺言として残した

父親の遺言により、武富氏は2005年、キム・ムンギル韓日文化研究所長に支援を求めた。キム所長も日帝強制動員歴史館にキムおばあさんの行方を探してほしいと依頼し、多方面でキムおばあさんを探しているが、まだ見つけられていない状態だ

これに対し武富氏は、まだキムおばあさんを探せていないが「戦争という美名の下に非人間的な行為をしたことに対して謝罪したい」と頭を下げて謝った。

引き続き「権力にある人達は歴史から学ばない。深い反省もない。どうにかなるだろうとしながら課題を先送りして解決しない」とし「日本はみじめな結果を招くことが明らかだ」と日本の行動を強く非難した。

この日、釜山市東区の日本領事館前にある平和の少女像も訪れ、繰り返し謝罪の意を表わした。

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歴史館は「日本政府が慰安婦問題を否定している状況で、武富氏の証言は私たちが対応できる貴重な根拠であり、資料になるだろう」と話した。

歴史館は、写真の中の人物の生存の有無を確認することができていない状況で顔と実名を公開するのは人権侵害の恐れがあると判断、寄贈品の展示計画は猶予すると明らかにした

あわせて、関連機関の協力を得て、キムおばあさんの行方を引き続き追跡する計画だと付け加えた。(機械翻訳 若干修正)


「又聞き」設定がミソですね。


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