(KBSニュース 韓国語 2017/06/11)

政府の各種記録物が保管された国家記録院書庫。保管箱を開くと歴代政府が使用した国家の公式印章『国璽』が順に姿を現します。

現在使用中である第5代国璽を除く第2,3,4代国璽です

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ところで、どうしたことか大韓民国の初代国璽は見られません

<録音>国家記録院関係者:「(なぜここにないのですか?)私どもに最初から移管されなかったのです。実は。」

初代国璽はいったいどこに消えたのだろうか?

半世紀を越える長い時間が流れた今、国璽の行方は相変らず五里霧中です。来年、2018年は大韓民国政府が樹立されてから70周年になる年です。この歴史的ある時点に合わせて消えた大韓民国の初代国璽を再び見つけられるのでしょうか?

8。15光復(解放)と3年間の米軍政を経て、1948年8月15日、ついに大韓民国政府が扉を開きます。イ・スンマン(李承晩)政府はこれと同時に国璽を製作して使いますだが、この国璽がどこかにまんまと消えました

消えた初代国璽の痕跡は過去の政府記録にだけ残っています。

建国以来の政府の公式記録物を保管している国家記録院。積み上げられた資料の山から国家記録院研究官が古い資料を一つ取り出します。

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1958年に撮影された初代国璽のマイクロフィルムです。残っているフィルムは11枚。

写真に焼かれた文字は漢字で6文字、『大韓民国之璽』と彫られています。

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印鈕は何か正確に断定することは難しい動物一頭が座っている様子です。

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<インタビュー>ソン・ファンイル(大田大書画文化研究所責任研究委員):「もしかしたらむく犬や韓国の犬ではないかと考えて見ましたが、犬の形ではありません。それで獅子でもなく。それで、これは当時、製作する時に、ある特定の動物を作ったのではなく、想像して神霊的な獣で作ったのではないか…」

1954年に製作された政府の印鑑関連の記録物である『官印台帳』を確認してみると、初代国璽は檀紀4281年、すなわち1948年8月に製作されました。

材質は銀、縦横辺はそれぞれ2寸、すなわち6センチメートルを少し越えます。

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残っている写真と記録に基づいて実物と同じ大きさと形で復元した初代国璽の模型です。まさに、これは模型ながら初めて公開される大韓民国の初代国璽の姿です。

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初代国璽は6。25戦争(朝鮮戦争)も無事に耐え抜き、1950年代も使われ続けました。

それなら、初代国璽はいつまで使用されたのだろうか?

手がかりを追うために取材陣が訪ねたところは忠清南道天安にある独立記念館。

独立運動と関連した各種遺物と資料が保管された収蔵庫の建物に入ると、職員が収蔵庫の中から遺物一点を取り出してきて取材陣に見せてくれました。

独立活動家の島山アン・チャンホ(安昌浩)先生が政府から受けた建国功労勲章証

国璽を捺した跡が鮮明です。初代国璽で捺したのです

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<インタビュー>イ・ミョンハ(独立記念館研究委員):「私どもの独立記念館が開館する時、アン・チャンホ先生の大切なすべての資料を私どもの独立記念館に寄贈して下さった際、その時、一緒に私どもに寄贈された資料です。」

発行された日は1962年3月1日少なくともこの時点まで初代国璽が使用されたのです

しかし、その後、初代国璽が使用された痕跡は見つけることができませんでした。

初代国璽は1962年まで使用され、1963年からは政府のハングル専用政策により新たに製作された第2代国璽が使用されます

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国璽を交代すれば既存の国璽を使用しないという記録を別に残します。まさに『廃棄官印台帳』です

ところが、不思議なことに初代国璽をどのように処理したという記録は全くありません。初代国璽の行方を追跡する公式記録がここで途切れるのです

<インタビュー>チョン・サンボン(国家記録院ソウル記録館保存サービス課長):「そのような記録を一つでも見つければ行方について少しでも接近できるため探しましたが、今のところは申し上げるほどの成果はない。使用された記録とか行方を追跡するほどの手がかりとか、こうしたものはまだ迷宮に陥っている…」

現在使用されている大韓民国の国璽は徹底したセキュリティーの中で管理されています。

政府ソウル庁舎にある行政自治部(省に相当)議定官室。事務室の片隅に作られた別途の空間に入ると…。

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どっしりとした鉄製のセキュリティー扉が前を防ぎます。厚い鉄門を開いて入り、もう一つのドアを開けて入ると金庫があります。

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4重の施錠装置を解除するとついに姿を表わす国璽。

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現在、政府が使用している第5代国璽です。

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鳳凰二羽の上にぱっと咲いた大きなムクゲ彫刻されており、正しい訓民正音体で大韓民国の4文字が彫られています。

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国璽は、大統領が任命する国家高位公務員の任命状、勲章、重要な外交文書などに限って、年に2万回ほど使用されます。文書に対する公的な証明であると共に文書の品格を高める役割をします。

1963年から使用された第2代国璽は印鈕は亀の形、最初に大韓民国の4文字をハングルで刻みました。

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1999年に製作され第3代国璽と2008年に交代した第4代国璽は印鈕は両方とも鳳凰の形。

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現在使用されていないこの国璽は、すべて国家記録院に保管されています。

ただ初代国璽一つだけ紛失しているのです。

数十年の間、まったく忘れられた初代国璽紛失問題が水面上に浮上したのは去る2005年

<録音>当時、9時のニュースのアンカーコメント(2005。10。27):「大韓民国政府が樹立されながら、最初に製作された制定憲法の原本と国璽の行方がはっきりしません。」

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当時、監査院が公共記録物の保存管理の実態を一斉調査した過程で、初代国璽が紛失した事実が初めて公式に確認されました

消えたのは国璽だけではありませんでした。初代国璽と共に作られた大韓民国大統領の印鑑『大統領印』も紛失していました

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<インタビュー>チョン・ジンハン(知る権利研究所長)「公共記録物法が2000年に施行されました。ところで以前には事実上、記録物を本人が持っていったり、焼却したり、さらに外部にそれを売っても実際に不法ではありませんでした。そうしてみると元公務員たちや大統領が実際に自分と重要な記録の大半を焼却したり、また自分が保存したり、このようなものは個人的に取りまとめてみな持っていったのでしょう。」

国璽の行方を追うために政府は、当時国璽を管理した公務員たちから探し始めました

高齢の生存者を噂をたよりに捜した国家記録院は2004年、1950年代の国璽担当公務員1人に劇的に会いました。

今は亡くなったノ・ギョンホ氏でした。ノ氏は1950年に6.25戦争が勃発するとすぐに釜山に避難し、9.28ソウル奪還の際に国璽を懐に抱いてソウルに移送し…。

1952年から56年まで当時総務処文書課で初代国璽を管理した人物です。

八十代の高齢だったが、ノ氏は当時の状況を比較的鮮やかに記憶していました。初代国璽の写真を見せたところ自分が使用していた国璽が確実だと証言しました。

さらに、過去の記憶を蘇らせて国璽箱と朱肉箱を直接描いてみせることさえしました。だが、ノ氏も1956年に担当業務が変わった後には国璽の行方を知りませんでした。

ノ氏の後任者たちまで20人以上の生存者を捜して国璽の行方を尋ねたが、ついに手がかりは出てきません

<インタビュー>チョン・サンボン(国家記録院ソウル記録館保存サービス課長):「大変です。これがあまりにも長年になった物事になっておいて、会ってみた結果、その方が国璽の、1代国璽、1号国璽について持っている記憶自体があまりしっかりしておらずにいらっしゃいます。これは色々、その当時に激変期だったではないですか。6.25もあったしまた5,16軍事政変もあったし、色々な激変期を経たために1号国璽について持っている記憶がしっかりしていなかった…」

国璽が消えて以降、50年余りが流れた今も、初代国璽の実物を直接見たという人を見つけられずにいます

<インタビュー>ソン・ファンイル(大田大書画文化研究所責任研究委員):「唯一、大韓民国之璽と大統領印は管理されずに紛失したのだろうか。これは大韓民国之璽と大統領印が一緒に紛失したという点において、これは目的意識を持ってなくなったと見ることができます。」


<録音>「国璽を探せ!国璽を探せ!国璽を探せ!」

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消えた国璽を探すために今度は市民団体が出ました。初代国璽の関係者を追跡し、市民の情報提供を受けるなど大々的な国璽検索運動を行うということです。

また、国会に請願書を出して初代国璽を探すっことに政府が積極的に取り組むことも促す予定です。

<インタビュー>へムン(慧門)(文化財元の場所探し代表):「私どもはひとまず市民運動の次元で国璽紛失事実を広く知らしめ、これに対する行方を知っている関係者、内部の情報提供を受けることによって国璽の行方を追跡していく計画です。」

大韓民国政府の樹立と共に初めて製作された国家の象徴物であり、貴重な文化財である『初代国璽』。

来年の政府樹立70周年を控え、その行方を明らかにするための民間次元の国璽検索運動に始動がかかりました。(機械翻訳 若干修正)


>初代国璽は1962年まで使用され、1963年からは政府のハングル専用政策により新しく製作した第2代国璽が使用されます。

イ・スンマン(李承晩)大統領は、1960年4月26日に下野、5月29日にハワイ亡命。

1961年5月以降は、パク・チョンヒ(朴正𤋮)が最高権力者(1961年5月~国家再建最高会議議長。1962年3月~大統領権限代行。1963年10月~第5代大統領)。


カラーチタン印鑑 グリーン
B00FEZ037G