(ソウル新聞 韓国語 2017/04/30)

チェ・ジュンシク梨花女子大韓国学科教授

先日、中国のスプグンピョン(習近平)国家主席が「韓国は中国の一部であった」とした発言が問題になった(私は中国人の名前を韓国の発音で読む。彼らも私の名前を中国の発音である「チュェイジュィンツ」と発音するためだ)。この発言に多くの韓国人は驚いて不快感を示した。しかし、私は全く異常さを感じなかった。大多数の中国人がそう思っているということを知っていたためだ。

中国人は、その内幕を知らないまま、韓国の伝統文化はすべて中国から行ったと思っているある中国人は「韓国人はみな中国人だ。なぜなら漢字で表記される中国式の名前を使っているためだ」と話す。この言葉は半分は正しい。私たちは私たちの名前が非常に固有のものと思っているが、どう勘定しても中国式の名前ということを認めなければならない。全世界にこのような形の名前を使う民族は中国人の他には私たちしかないだろう。

また、中国人は「韓屋(韓国式家屋)はすべて中国の家だ」という。この言葉を聞けば韓国人はまたびっくりするだろう。美しい韓屋が中国の家だなんてという話である。しかし、中国人の話が正しい。韓屋の様式は中国式であるためだ。それで韓国の故宮に観光に来た中国人は故宮の建物に対しては何も関心がない。自分たちのものと全く同じと思うからである。しかし、内部に入れば韓屋は中国の家とは全く変わる。オンドルと床を使うからである

中国人が自分と同じと考えるのはおかしなことが一つもない。私たちも日本古代文化はすべて韓国のものだと公然と主張していないか? 事実、私たちは中国人がそのように考えることができる口実を多く与えた。特に朝鮮の事大主義はひどい気がする

そのような例は数えきれないほど多いが、たとえば朝鮮の教育制度がそうだ。朝鮮の両班は、生まれたら中国式の名前を受け、7歳を過ぎれば漢文で書かれた中国の教科書で生涯勉強をする。千字文から小学、通鑑、四書三経などはすべて中国の教科書ではないか。彼らは自分たちが作った教科書は非常に制限的に使用した。それで彼らは身体は朝鮮の人だが頭は中国人のように振る舞った。そのような彼らだから中国をすべてのものの中心に置いて親のように仕えた。

このような朝鮮の人は、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時に明が私たちを助けてくれたとその恩恵を忘れず、昌徳宮後苑に祭壇である大報壇を作り、派兵してくれた神宗(明の第14代皇帝)を朝鮮末まで祀った。しかし、明が軍隊を送ったのは朝鮮のためでなく、日本軍の中国侵攻を防ぐためということは誰でも知っている。

また、丙子胡乱(清が朝鮮を制圧した戦い)の時には、明はこれと言った関心がなかったが、朝鮮の官吏は明に対する義理を守るとし、国民がむやみに死んでいって捕虜として数十万人が捕まって行くのに、最後まで降参を拒否したのではないか。

このような歴史的背景のため、中国人は韓国を属国のように思っている。彼らがそのように考えるのはどうすることもできない。問題は私たちだ。中国と対抗する時、経済や政治は押されやすい。中国の図体があまりにも大きいためだ。ところが、文化面ではむしろ私たちが中国に優位を占めることができる。すでに韓流がその可能性を見せてくれたが、伝統文化でも韓国は中国に押されない。韓国は中華文明の真髄を持っているためだ

中国が共産主義革命をしながら投げ出した彼らの伝統文化は、その精粋はすべて私たちにある。孔子を祀る文廟祭礼がそうであり、宗廟祭礼がそうである。そして朱子家礼に従い葬儀を行い、祭祀を行う国は私たちしかない。仏教徒に中国仏教の原型が最も多く残っている所は韓国だ。中国はこのような文化を創造したが、それを保存して発展させたのは私たちである。この面で中国人は私たちに感謝しなければならないだろう。それで、私たちは中国人に対する時、彼らが立派な文化を作り出したことを褒め称え、同時にそれを守ってきた我々自らを堂々と掲げなければならないだろう。それでこそ『ウィンウィン』になる。(機械翻訳 若干修正)