【こちら特報部】 ホテル客室に「南京大虐殺」否定本
(東京新聞 2017/01/24)

※文字起こしミスにより「殺害」を「虐殺」としてしまいましたので修正しました。
  外務省は「非戦闘員の虐殺や略奪は否定できないが、被害者数は諸説ある」
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  外務省は「非戦闘員の殺害や略奪は否定できないが、被害者数は諸説ある」


アパ史観中国で猛反発
右派パトロン撤去拒否

 アパグループ(東京)の「歴史修正主義キャンペーン」が、ついに世界の知るところとなっった。アパホテルの客室に置かれた「南京大虐殺」否定本が中国版ツィツター「微博」で問題視され、中国などで批判が相次いでいるのだ。否定本の著者は、他ならぬグループ代表の元谷外志雄(もとやとしお)氏(73)。政界ともつながる「右派のパトロン」的な存在だ。アパの歴史観を斬る。(佐藤大、白名正和、安藤恭子)

ネットで宿泊拒否運動も

 「こちら特報部」は二十日、東京都内のアパホテルに泊まった。フロントには、元谷代表の妻・芙美子社長(六九)の写真入りの「アパ社長カレー」が並ぶ。部屋に入ると、ブックスタンドに本が差し込まれていた。その中の一冊が、今回問題になった「本当の日本の歴史 理論近現代史学Ⅱ」。著者「藤誠志」は元谷代表のペンネームである。

ニューヨーク大学生の米国人女性と中国人男性を名乗る二人が、動画を微博にアップしたのは十五日だ。日本旅行中の二人は都内のアパホテルに投宿した際、「理論近現代史学」のページをめくった。そして「南京大虐殺の事実を否定している」ことに驚く。日本語か英語でしか書かれておらず、多くの中国人客が内容を知らないまま宿泊しているとして「彼(元谷代表)の政治観と、宿泊費がどのような人のポケットに入っているかを知らせないのは不誠実だ」と告発した。

 中国メディアはこれを批判的に取り上げた。中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は、アパホテルの「右翼的背景」は日本のネット上では以前から隠されたことではなく、「歪曲的な歴史観」が取り沙汰されていたと論じた。国営新華社通信は「日本の『右翼ホテル」はその悪辣な行為の対価を払わねばならない」と指弾した。

 投稿された動画は二十三日までに一億一千七百万回以上も再生され、微博のコメント欄は「公然と歴史を否定する極右は絶対に許せない」「二〇二〇年の東京五輪では、このホテルに泊まらないようにしよう」などの声があふれた。

 中国外務省も十七日の定例会見で「日本国内の一部勢力が歴史を歪曲しようとしている」と非難。中国の大手インターネット旅行予約サイト「携程旅行網(シートリップ)」などでは、アパホテルを検索しても表示されなくなっている。

執筆の元谷代表 保守政治家と親交

 中国以外の海外メディアも、AP通信が「急成長した日本のホテルグループが批判に直面」と指摘した上で、元谷代表ついて「安倍晋三首相の支援者であり、自民党の超保守派と結びついている。講義を主宰し、歴史修正主義者らを招いている」と評した。米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)も今回の問題を報じている。

 日本国内でも、二月下旬に札幌で開催される第八回冬季アジア大会に飛び火した。同市内の「アパホテル&リゾート札幌」が選手の宿舎にあてられているためだ。

 同大会組織委によると、約三十の国・地域から約二千人の選手が参加するが、その大半がアパホテルに泊まる予定だ。アパが宿舎に決定した昨年二月ごろに「偏見や差別の問題が起きないよう、スポーツ理念に基づいた対応を」と要請している。組織委の担当者は今回の問題について「選手や役員が快適な環境で過ごせるように、準備を整えていく」と説明する。

 元谷代表は、何を根拠に南京大虐殺を否定しているのか。「理論近現代史学」は、旧日本軍による虐殺が起きた一九三七年当時の南京市の人口を「二十万人」として「三十万人を虐殺というのは計算が合わない」「南京大虐殺はあり得ない」と記している。

 アパグループは今回の問題について十七日、ホームページに日本語と英語で見解を公表している。書籍は「あくまで事実に基づいて本当の歴史を知ることを目的としたもの」とした上で、客室から撤去する考えはないと表明した。

 南京大虐殺を巡っては、中国政府が犠牲者数を「三十万人」と主張する一方、日本の外務省は「非戦闘員の殺害や略奪は否定できないが、被害者数は諸説ある」としている。

 信州大の久保亨教授(中国近現代史)は、元谷代表の本について「南京の人口が二十万人という説は、あまりに過小な数字で虚言だ。日中両軍合わせ、百万人以上が激突した南京攻防戦の全体像を認識する必要がある」と断じる。

 犠牲者数についても、東京裁判では「三十万人」とされたが、その後の研究では「少なくとも十万人以上」などさまざまな見方ある。久保教授は「問題は規模の大小ではない。明らかに大量虐殺の事実が存在したことだ」と強調する。

 そもそも元谷代表とは、どんな人物なのか。著書などによると、石川県小松市に生まれ、地元の信用金庫を経て二十七歳で起業。マンション、ホテル開発へと乗りだし、海外、建設中を含めて現在四百十九ホテル、約六万八千六百室を擁する一大ホテルチェーンに育て上げた。グループ連結売上高は二〇一六年十一月期で千七十億円を見込む。

 保守派論客としても「活躍」する。グループ発行の月刊情報誌「Apple Town」に二十年以上社会時評エッセーを執筆。これらを収めたのが「理論近現代史学」だ。一一年には私塾「勝兵塾」を立ち上げた。

 元航空幕僚長の田母神俊雄被告=東京都知事選を巡る運動員買収事件で公判中=との関係は深い。〇八年にグループが創設した懸賞論文の第一回最優秀賞を田母神被告に送ったものの、日本の侵略を正当化する内容が政府内でも疑問視され、幕僚長を更迭された。田母神被告が立候補した一四年の都知事選の前には、資金管理団体「田母神としおの会」に元谷夫妻が百五十万円ずつ寄付している。

 元谷代表と三十年近く親交がある金沢市の建設会社会長、諸橋茂一氏は「田母神さんが一九九八年から、空自小松基地の第六航空団司令を務めたのが親交のきっかけ。すぐに意気投合した」と明かす。田母神被告の要請に応じ、地元経営者らで「小松基地金沢友の会」を発足させた。今も元谷代表が会長に就く。

 政治家とのパイプづくりにも熱心だ。元谷夫妻が自宅で催す「日本を語るワインの会」の出席者には保守の政治家がズラリ。安倍政権については「最大限サポートしていく」と著書で宣言している。

 右派の言説を研究する哲学者の能川元一氏は「論文の最優秀賞の懸賞金は三百万円と高額だ。沖縄ヘイトが問題になったMXテレビの『ニュース女子』もそうだが、お金を自由に使える企業オーナーがスポンサーとなって右派論壇を支えている」とみる。

 元谷氏は十九日、「勝兵塾」での講演で「一万件を超える激励が来ている。多くの国会議員から『頑張れ』と電話もきている。数カ月もすれば人は何のことか忘れる」と強気だった。

「公共的空間」識者は警鐘

 中国事情に詳しい富士通総研の柯隆(かりゅう)主席研究員は「日本を訪れる中国人観光客が大きく減るなどの事態は考えにくい。アパホテルはそこまで大きな影響力は持っていない」と分析する。

 とはいえ、日本人の歴史認識が改めて問われる事態には違いない。東京経済大学の早尾貴紀准教授(社会思想史)は警鐘を鳴らす。

 「仮にドイツのホテルが客室にホロコースト否定本やヒトラーの『わが闘争』を置いていたら、世間から批判を浴びて、とても営業できないはずだ。これは突然起きた問題ではない。ホテルのような公共的空間に、こうした主張の本を置くのが許されるのか」

デスクメモ

全日本シティホテル連盟によると、客室に書籍を置くことについて制限はなく、各社の判断に委ねられている。聖書や仏教関係の本を常備するホテルは珍しくない。しかし、「政治的な主張を含んだ本というのは、置かないのが普通だと思う」と連盟担当者。アパホテルは普通ではない。(圭)