(大田日報 韓国語 2016/12/01)

忠清南道瑞山市の浮石寺『金銅観世音菩薩坐像』(観世音菩薩坐像)の国内返還のための公判で、金銅観世音菩薩坐像の『倭寇による略奪の可能性』を裏付ける陳述が出た。

大韓仏教曹渓宗浮石寺が国を相手に出した有体動産引き渡し請求訴訟の4回目の公判が1日、大田地方法院(地裁)第12民事部(裁判長ムン・ポギョン)の審理で行われた。
※仏像は現在、文化財庁所属の国立文化財研究所に保管中。それを浮石寺に寄越せという内容。

この日、原告側証人としてキム・ヒョング元瑞山文化院長が出席し、高麗末から朝鮮初期に至るまでの期間中、瑞山・泰安地域を対象にした倭寇の侵入などについて述べた。

彼は「1982年に発刊された瑞山郡誌には倭寇の侵入一覧表が収録されているが、瑞山・泰安地域は1352年から11回にわたり倭寇に侵奪された」とし「その当時、海辺と近いところに位置していた浮石寺が無傷だったはずがない」と主張した。

それと共に彼は「また、通常、仏像を移動させる時には移安文が存在するが、日本観音寺にあった金銅観世音菩薩坐像では見られない」とし「これは善意でやり取りしたものではなく、倭寇による強制侵奪であることを証明するものだ」と強調した。

金銅観世音菩薩坐像は、去る1330年に浮石寺で製作されたが、1527年にテマド(対馬島)(対馬)に観音寺が建てられながら観音寺の主尊仏として所在した。1973年に長崎県教育委員会が文化財に指定し、テマド(対馬島)(対馬)の観音寺を所有者にしている。以後、2012年に韓国窃盗団が日本観音寺から金銅観世音菩薩坐像を盗んで国内に密搬入した後、検察が没収した

次回の金銅観世音菩薩坐像有体動産引き渡し請求訴訟は、来年1月26日午後2時、大田地方法院で行われる予定だ。(機械翻訳 若干修正)


先は長そうですね。
2016年07月07日