(統一日報 2016/10/19)

公館からは厳しい指摘も

韓国語能力を評価する韓国語能力試験の志願者数が昨年、過去最高を記録した。韓流ブームや韓国企業が世界市場で台頭していることなどが背景にあるという。一方、在日韓国人社会に目を向けると、韓国語の活用は停滞しているとみる人が少なくない。その原因はなにか。(康敬瓚)

 「内容がわからないよ」

今年行われた民団中央本部主催の講演会終了後、地方本部の団長は会場を後にしながら近くいた別の団長に声をかけた。返ってきたのは反論ではなく、同意であった。この日は韓国から講師を招き、講演会が行われた。政府関連機関の関係者ということもあり、講演はすべて韓国語で行われた。

在日韓国人の多くは、普段の生活で韓国語に触れる機会は多くないといわれている。しかし民団に関わる人は事情が異なる。民団中央本部の文教局は現在「韓国語(ウリマル)使用勧奨運動」を展開している。しかし、民団全体で韓国語の利用が進んでいるかというと疑問が残るところだ。

民団は2016年4月の時点で、全国41地方・140カ所(747教室)で韓国語講座を展開している。ただ、ほぼすべての講座は日本人の受講生が多いという状況で、日本人が8割を占めることも珍しくない

地方本部の韓国語講座の担当者は、「ドラマや音楽、映画などに興味をもって韓国語を習いにくる日本人が多い。一方で在日の場合は家族に勧められて来るケースが多い」と語る。多くの韓国語講座で同様の意見が聞かれた。

民団が展開する韓国語講座は、在日韓国人の韓国語利用の促進に貢献しているのか。関係者の多くは「難しい」と答えている

多くの民団団員にとって韓国語は必要か否か。一部幹部にとっては公館とのやり取りや、本国訪問の際にあった方が便利であるという。これが一般団員になるとその必要性は低くなる。一部を除く多くの民団支部では、会議をはじめ日本語がメーンで使われている。在日にとっては自然なことだ

しかし、公館の見方は異なる。首都圏の地方本部傘下の支部の事務部長は今年教育院を訪れた際、幹部との面談で苦言を呈されたという。

「なぜ在日は韓国語が話せないのだ」

幹部の話は、本国からの支援金にまで及んだという。支援しているのに、なぜ韓国語ができないのか信じられないということだ。「米国の2世は話せるのに」とまで言われたという。

必要性と環境

現在の民団では韓国語の必要性を感じる場面は少ない。韓国語を使わなければならない環境も多くないなか、韓国語を使う環境を整えた地方がある。民団福岡県本部だ。

同本部では幹部を中心にした韓国語講座を展開している。幹部は半強制的に参加させているという。講座の担当者は、「現在、新規定住者の方も増えており、必要性は以前よりも高まっている。強制的にしないとなかなか参加しない」と語る。

韓国語の利用を、団員個人の意識に任せるのか、システム化するのか。システム化すると強制的に感じて講座に参加しないだけではなく、民団にも来なくなる可能性もあると関係者は嘆く。しかし、幹部に関してはシステムを適用させることに理解を示す関係者は多い。幹部が積極的に韓国語を使い、団員に姿勢を示すということだ。

民団が展開する韓国語講座が在日韓国人の韓国語能力向上に貢献しているのかは検討の余地がある。一方で、地域の日本人との交流拠点になっていることも事実だ。


記事中の「公館 教育院」は↓

 駐日韓国教育院 

駐日韓国教育院は、大韓民国政府(教育部)が1963年に民族教育のために設立した教育機関として、日本内各地に住んでいる同胞が韓国語、韓国の歴史、韓国伝統、韓国文化をよく理解することで、民族的自負心とアイデンティティを確立するように助けるために設立されました。

駐日韓国教育院設立目的

駐日韓国教育院は、在日同胞のための民族教育と現地人の韓国に対する理解を助けるため、韓国語と韓国文化を紹介するなど、多様な教育活動をしています。 現在、日本全域に15個の韓国教育院が設立運営中です。


もう設立当時の宣言を忘れて、完全に帰る気がないんですよね。

<創団60周年>草創期を振りかえる
(民団新聞 2006/10/04)

(略)45年10月15日に結成されたのが「在日本朝鮮人連盟(朝連)」である。朝連に属する青年らは、新しい国家を建設するために、若い力と知識などを集めようと組織化を始めた。

 ところが、朝連は共産主義者の金天海らと日本共産党の指導によってたちまち左傾化していった。青年らは左傾化を深める朝連に対し、「思想的に傾くべきでない」と訴え、抗議のため朝連の第1回中央委員会に乗り込んだが、多勢に無勢で会場から追い出された。 「このままではいけない」と、新しい組織の結成を急いだ青年らは45年11月16日、東京・新橋に3000人が集まり、「朝鮮建国促進青年同盟(建青)」を結成した。大会には青年だけでなく、朝連に反対する人も多く集まった。

 建青は全国組織化を急いだが、各地で朝連との衝突が引き起こされた。朝連は、建青を「反動分子」と非難し、組織つぶしにかかったためだ。そのために朝連は「特別保安隊」という専門チームまで作った。兵庫県では特に衝突が激しかったと言われている。

 当時、建青は東京・青山の旧陸軍大学跡に本部を置いていた。3階建ての屋舎の2階までを建青が使用し、3階には朴烈氏(24年2月15日に爆発物取締罰則違反で起訴され、25年5月2日に天皇暗殺を企図した大逆罪とされた。26年3月25日に死刑判決。4月5日に恩赦で無期懲役に減刑後、敗戦後の45年10月27日に出獄)が委員長を務める「新朝鮮建設同盟(建同=46年1月20日結成)」が入っていた。

 建青と建同は、朝連に対抗する自由民主主義に則った真の大衆組織を作ろうと、20団体余を結集した。こうして結成されたのが「在日本朝鮮居留民団」であった。

 結成大会は46年10月3日、東京・日比谷公会堂に全国からの代議員218人と各団体の代表者ら約2000人を集めて開かれた。大会では朴烈氏を団長に選出、「当面の難局を突破しよう」との宣言書を採択した。

 同宣言書には、「わが同胞が帰国する日まで」と帰国を前提とし、「一致団結してわれわれの義務を忠実に行う」としている。その上で、①在留同胞の民生安定②在留同胞の教養向上③国際親善をそれぞれ期すると、目的を明らかにしている。 また、「決してある思想や政治団体でなく、また本国あるいは海外のいかなる思想や政治の主流にも偏らず、その中のひとつを支持したりこれに加担しない」と、中立・自主性を強調している。 創団当初からのこの考えは、現在まで引き継がれている。今の綱領には権益擁護、経済発展が加わったものの、民生安定、教養向上(現在は「文化向上」)、国際親善は創団以来、民団の活動目的を示すものとして受け継がれている。(略)


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