(日曜新聞 韓国語 2016/06/24)

‘韓国広報専門家’として活動中であるソ・ギョンドク(徐敬徳)誠信女子大教授の修士学位論文が複数の論文と文献などを盗作したという疑惑が提起された。ソ教授は論文の半分以上を他の文献からそのまま移してきたが、出処のみを明らかにしただけで引用符号を入れたり、インデントをしていなかった。論文作成過程で引用符号を使用しなければ原著作者の文章と研究者が直接書いた文章を区分できなくなる。これに加え、論文のあちこちで内容とは関係ない出処、実際には存在しない出処を表記した虚偽引用も発見され、研究の水増し疑惑も共に提起されている。

ソ・ギョンドク誠信女子大教授は‘独島守護’‘韓国広報専門家’として知られている。去る2005年に<ニューヨーク・タイムズ>に独島広告を出して話題になった。以後、私費を投じてビビンバ、プルコギ、韓服など韓国の文化と伝統などを世界に知らせるために活動してきた。ソン・ヘギョ、イ・ヨンエなどトップスターも参加し、昨年、MBC<無限挑戦>の日本の軍艦島訪問編に出演し、この分野では認知度が高い。現在、国家報勲処傘下の財団法人<大韓国人>の非常任理事長にも在職している。

#出処表示しても引用なければ‘盗作’

問題になった論文は、ソ・ギョンドク教授の2004年の高麗大学校大学院修士論文<企業環境広報の技法研究および戦略モデル‐造景分野を中心に>だ。この論文は先立ってユン・ヒジュン梨花女子大名誉教授、シン・ホチャン西江大教授が2000年に執筆した<PR戦略論>とムン・チョルス韓神大教授の<企業PRキャンペーン>(2001)を集中的に移してきたことが確認された。その他にも複数の論文や新聞、隔月刊誌記事、企業ホームページ情報などの文章がそのまま論文に使用された。

ソ教授の修士論文全体114ページのうち、盗作疑惑が提起されたページは合計74ページ(64%)だ。計6章で構成されているが、1章の序論と2章の研究家、3章の研究範囲および方法までが7ページ分量、4章の理論的考察と5章の結果および考察が104ページ分量、6章の結論が3ページ分量だ。特に最も多い分量を占める4章と5章の場合、文章の修飾語や調査の位置、述語などを変えるなど、ソ教授が新らたに書き込んだり、直して書き込んだ痕跡もなかった。すべて他の文献からまるごと持ってきていた。

ソ教授の修士論文で発見された主な盗作形態は、別名‘テキスト盗作’だ。これは間接引用、盗作形態の一つで、コピー・貼り付け(copy&paste)盗作としても知られている。他の著作物から持ってきた文章、表、図、写真などを出処表示をしない場合、または、出処表示があっても引用符号である二重引用符を使わなかったり、インデントをせずにそのまま移してくるケースなどが代表的だ。

ソ教授の修士論文は後者に属する。他の文献の一部をそのまま持ってきて出処表示はしたが、引用符号やインデントは使用しなかった。出処も参考にした文献のページ数なしに著者の名前と発表年度だけ表示されており、論文だけ見るだけだは元書と比較および確認が不可能だ。

特に論文の核心を構成する本文の一部は、前の<PR戦略論>の11~21ページ、26~28ページの部分と<企業PRキャンペーン>の16~18ページ、105~125ページからでそのまま移してきたが、引用なしで段落の下に著者の名前と発表年度だけ表示した。特にソ教授は参考文献で前の論文などの出処とページ数を表示したが、唯一このページは除いていた。

#「引用、新たに使用して再構成しなければ」

引用符号を使わなかったテキスト盗作問題は過去から提起されてきた。去る2013年、ピョ・チャンウォン共に民主党議員が、1997年にイギリスのエクセター大学に提出した警察学博士論文で盗作疑惑が浮上して議論になった。争点は前のソ教授論文のように「出処を明らかにしたとしても原文の言葉通りに使用する場合、引用符など直接引用方法を通じて表現しなければならない」というものであった。

ピョ議員は、他の海外研究者が論文に書いた文章のうち少なくとも26個をそのまま自分の論文に移して書きながら、脚注に出処表示のみしただけで、該当文章の前後に引用符を書かなかった。論議が続くとヒョ議員は自分のブログに「博士論文で盗作した部分があることを認めます」という文を載せて盗作を認めた。

これまで、多くの論文盗作の是非は出処表示の有無が核心と指摘されてきたが、学界では引用符号の使用とインデントなどは論文作成過程の基本原則であり、厳格に守らなければならない基準の一つとして知られている。他人の文章をそのまま持ってきながらも引用符号を使用しなければ該当文章があたかも研究者が直接作成したように見えることになるためだ。実際には他人の文章をそのまま書きながら正式に間接引用をしたものと映ることもあり、‘無賃乗車’と変わらない研究倫理違反という話だ。

高麗大学校が数十年前から発刊してきた<論文作成法>にも引用に対する基準は明確に明示されている。高麗大で、この書籍は1950年代から現在まで30版以上発刊され、教科書とともに活用されている。1956年に発刊された該当書籍には「引用をする場合、必ず二重引用符を付けなければならない」と出ている。1975年に発刊された書籍では「原文の表現ではなくては他の適切な表現を探すことができない時、原文をそのまま提示しなければ誤った解釈をすることになる心配がある時などにだけ引用をすべき」という具体的な事例とともに引用符号の使用を厳格に規定した

これは高麗大学校研究倫理規定(2014.10)にも反映されている。第3節の研究不正行為およびその他の非倫理的研究行為第25条(引用方法および原則)を見れば、「著者は一つの出処から集中的に借用する場合、どんなアイディアが自分のもので、どんなアイディアが参照された出処からきたかを読者が明確に知ることが出来るように執筆しなければならない」と出ている。

一部の大学教授も該当論文に問題があると判断する。著者を明らかにせず、ソ教授の論文と被盗作論文の検討を依頼したある大学教授は「特に修士博士論文からの引用は研究者の読解能力と専門知識、文を書く能力まで計ることができる重要な指標の一つだ。引用過程でもそのまま移してくるのでなく、原典に対する読解を経て自分の文章として新たに書いたり再構成しなければならない」と述べた。

ヒョン・テクス元高麗大社会学科教授は形式的にも問題があるといった。彼は「該当論文が間接引用でなく‘直接引用’をしたと見ることも難しい。この論文のように単純にある説明をそのまま移してくるということは論文作成過程での直接引用の趣旨にも外れる」と述べた。引き続き「引用符号である二重引用符を付けたとしても誤った引用になる。3行、または、40~50単語を移すのなら文字のフォントを変えて‘インデント引用’として明確に区分しなければならない」とし「引用符号の使用は論文作成過程での基本だ。出処表示だけすることが慣行だった時期はない」と強調した。

#虚偽引用表示も発見

ソ教授の論文で発見された問題は引用符号の使用だけでない。‘虚偽引用’もあちこちで発見される。本文の内容と全く関係ない出処、または、実際には存在しない出処を表示するかと思えば、共同研究論文で著者を分割表示した。

例えば、ソ教授の論文の1~3ページは<毎日経済>の2003年10月1日付の記事をそのまま持ってきながらも、途中で(韓国経済、2003)と出処を表記した。確認の結果、そのような韓国経済の記事はなかった。58ページには2001年に発刊された<月刊リモデリング>の記事の一部を移しながら、出処には(建設産業情報、2001)と表示した。建設産業情報は該当月刊誌の発行社だ。ソ教授の論文52ページから58ページまでは<月刊リモデリング>の記事と助詞まで一致する。ソ教授はこの部分で発行社と月刊誌を混用して出処表示した。

また、修士論文95ページには(パク・ジョンミン、2000)と出処が表示されているが実際の内容は‘PRと倫理’を叙述した部分で本文の内容とは関連がなく、98ページには(ナム・インヨン、2000)、(イ・スボム、2000)等と出処を表示したが、確認の結果、全く違う内容だった。盗作と共に‘研究水増し’疑惑も提起される理由がここにある。

これに対し、ソ教授は<日曜新聞>と会って「当時、論文作成の過程で引用符号の使用などについて基準が明確でなかった。原文をそのまま移す代わりに出処を表記すれば良いと認識していた」と釈明した。実際、取材の過程で当時発表された修士論文のうちソ教授の論文と同じ方式で作成された論文を一部確認した。

ソ教授は「環境を活用した社会貢献活動が徐々に問題になった時期に作成した。造景分野では企業の環境広報戦略モデルを提示した最初の論文だ。作成過程から承認後まで創意的、独創的な論文という評価を受けた」とし「ただし、既に発表された論文や研究事例がなかった。論文に対する理解度を高めるには広報理論と具体的で多様な事例が多く入っていくべきだった。このために引用分量が増えたし、一般修士論の文量の2倍で作成された」と述べた。彼は「参考にした資料と文献すべての原著作者を訪ねて行って同意を求めた。ここに研究方法論と実験はアンケート調査を通じて作成したし、導き出された結論も参考なしにすべて直接書いた」と強調した。

ただし、虚偽引用についてソ教授は「新聞記事から複数の書籍と論文の段落と文章一つまで几帳面に集めた。膨大な資料を集めて出処表示に混同があった。明白な誤りだ。さらに几帳面にチェックをするべきであった」と述べた。(機械翻訳 若干修正)


学歴

城中学校
城南高校
成均館大、造景学科
高麗大、生命科学科大学院博士課程修了

2016年04月26日


韓国人の品格 (宝島SUGOI文庫)
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