韓国にはどうしてノーベル賞科学者がいないのか
(聯合ニュース 韓国語 2008/10/08)    


日本の科学者3人が今年のノーベル物理学賞の共同受賞者に選定された。これで日本はノーベル物理学賞だけで5回取り、受賞者は7人に増えた。これ以外に化学賞4人、文学賞2人、医学生理学賞と平和賞各1人がおり、ノーベル賞を受賞した日本人は計15人にのぼる。我が国は科学分野の受賞者は皆無で、平和賞受賞者が1人だけだ。

オリンピックで日本を上回ったと言って全国民が歓呼したのはつい先日のことだったが、ノーベル賞では比較にもならない。日本が羨ましいのが当然だ

どうして韓国には科学分野のノーベル賞受賞者がいないのか? 自嘲交じりのこの質問に対する一番目の解答は、創意力を殺す教育システムに求めるべきであろう。数多くの人が教育改革を叫び、毎年教育制度を改めるが、生徒たちが入試対策にだけ没頭する現実はそのままだ。学校教育は無味乾燥で、入試のための予備校や課外学習に拘束されているのが生徒たちの日課だ。予備校や課外学習で教わるのは試験の点数を上げるのに必要な要領と方法であって、創意力ではない。KAIST(韓国科学技術院)が2010年度の入試要綱を事前公開しないのを決めたのは、一体なぜか。テーマを公示して面接試験を実施すれば予備校で準備した模範答案を発表するだけになり、それでは創意的な人材を選ぶことができないからだ。科学高校出身が多いKAIST志願者がこの調子では、将来ノーベル賞を取る創意力のある学生を期待するのは道が遥かに遠い。

基礎科学分野に対する冷遇の蔓延も、見逃せない要因だ。我が国社会の理工系忌避現象は、昨日今日のことではない。優秀な学生たちは文科系列大学や医大へ行こうとし、基礎科学分野に人材が殺到する気配は無い。数学や物理学、化学など自然科学分野よりも、今すぐ就職できる学科に並ぶのが我々の現実だ。海外で勉強した、将来を嘱望される韓国系の科学者たちも、韓国に来るのを忌避する。基礎科学者たちが粗末な扱いを受ける雰囲気では当然のことだ。また基礎科学は政府や大学、研究所の政策的支援なくしては発展が難しい分野だ。長期的に相当な研究費を持続的に支援して初めて、成果を期待することができるのであり、忍耐と集中力が要求される。今回、日本の物理学者たちがノーベル賞を受賞したのも、日本の高エネルギー研究所が主導的な役割を果たし、日本物理学界全体の後援があったとされる。こうした面から我が国政府や大学の基礎科学分野支援策を再検討すべきだ。

ノーベル賞は、国家や大学の水準を示す一つの尺度に挙げられる。特に科学分野のノーベル賞は先進諸国から多く出ており、大学もノーベル賞受賞者を何人輩出したかによって権威が変わる。ノーベル賞が羨望の対象であるのは、メダルや賞金のためと言うよりは、このような意義と波及効果のためだ。日本が科学分野だけで12人ものノーベル賞受賞者を出す間に私たちは何をしていたのか、自問してみなければならない

韓国は今や、国民所得4万ドルと世界7大強国を志向する国だ。そして教育に関する限り、韓国ほど多くのお金を投じている国は世界に他にあるまい。それなのにノーベル賞を受賞した科学者が一人もいないとは、残念なことだ。

オリンピックやワールドカップで日本に勝つことも重要だが、ノーベル賞を受賞した科学者が一人もいないという我が国の現実を、真剣に考えねばならない。(翻訳 2ch 犇@犇φ氏)


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自国語で学問する (韓国日報 韓国語 2008/10/09)

今年のノーベル物理学賞受賞者は日本人一色だ。高エネルギー加速器研究所の小林名誉教授、京都大の益川名誉教授と日系アメリカ人の南部シカゴ大名誉教授だ。日本は1949年に湯川秀樹が物理学賞で初のノーベル賞を受賞して以来、物理学賞受賞者だけで7人になる。今年も受賞者をまた輩出した化学賞に医学生理学賞を加えれば受賞者は13人になり、この分野の国家別順位でも世界7位だ。

日本の物理学賞受賞者たちは専ら日本で大学を終えたが、特に今回の受賞者3人はいずれも最終学位まで日本で終えた。80代の南部教授は1952年にプリンストン大招聘を契機にアメリカに定着したものの東京大学で勉強したし、60代の小林・益川教授は名古屋大で博士課程まで終えた。今回の受賞対象となった「小林・益川理論」自体、2人が大学院生と研究員として出会った名古屋大で誕生した。

日本の基礎科学がどうして強いのかについては様々な理由があるが、私が見るに、日本語で学問をするという点も大きいようだ。基礎科学、特に物理学のような分野は物質界の作動原理を研究するものであるから、どの分野よりも深みがあり独創的な思考が重要だ。深みがあり独創的な思考をするためには、たくさん思考せねばならない。そのためには基本的な概念を早くからきちんと身に付けねばならない。南部教授は小学校のときに理科の時間に感じた興味が彼を科学者に導いたという。基本概念はどうすればきちんと身につくか。理解しやすい言語で科学を説明することから始まるはずだ。

日本は初等・中等過程はもちろん、大学でも日本語で科学を教える。そのため、西洋で発達した科学を日本語に訳すのを当然の基礎過程だと考えている。

漢字文化圏である東洋4国があまねく使っている「科学」「化学」「物理学」などの用語自体が、アルファベット圏言語を自国語で把握しようとした日本の知識人たちによる翻訳の所産だ。「素粒子」「陽子」「電子」などの用語も、すべて日本人が作ったものだ。

そのおかげで、日本人にとって世界的水準で思考するということは世界で一番深く思考するということであり、英語で思考するということではなくなった。これは外国語が苦手といわれる日本人たちが基礎科学分野でノーベル賞を多く取っていることや、益川と小林の研究が日本の大学から誕生したことにもよく現われている。

一方我が国は、小学校・中学高校過程では科学の基本概念をきちんと把握する教育をしないで、大学に入ると突然英語で科学を教える。名門大学であればあるほど、理学部・工学部・医学部の物理・化学・生理学などの基礎分野に英語教材が使われる。内容理解だけでも不足な時間に外国語の負担まで重なっては、韓国語で学ぶ場合に比べると半分も学べない。韓国の基礎科学は外国に留学に行くことを初めから想定して教えているわけだ。

教授たちは、基礎科学分野の名著がまともに翻訳されていないからだと言うが、このように原書で教えていては翻訳する意味がなくなる。韓国語なら10冊読めるであろう専攻書籍を、1冊把握することも手に負えないから、基本の面で韓国の大学生たちが日本の大学生たちより遅れるのは当然だ。大学を出ても学んだものが無いという現象も、ここから生じているのだ。

大学の基礎科学教育を世界的な水準へ高めるために外国の碩学たちを連れてくるのに国はお金を惜しまないという。ちょっと聞くと素晴らしいことだ。ところが、果たして全国の小学校と中学・高校で科学の実験は思う存分できるか。初等・中等過程と大学過程で科学を正しく理解する基礎は用意されているか。世界的な水準で思考するということは、英語で思考するということではなくて世界で一番深く思考するということだが、それ実践する土台は用意されているか。ハングルの日だから言っているのではない。(翻訳 2ch 犇@犇φ氏)


今から学術用語や文献をすべて韓国語に翻訳するよりも、韓国の公用語を英語にする方が現実的ですね。




めざせイグ・ノーベル賞 傾向と対策 
「世間を笑わせ、考えさせた」人に与えられる、それがイグ・ノーベル賞。

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