(ニューシス 韓国語 2015/02/26)

コリアのローマ字国号を『Korea』ではなく『Corea』にしなければならないという動きが3.1節を控えてアメリカ韓人社会で広がっている

LAのオ・インドン博士とニューヨークの在野史学者ポール・キム博士など韓国人社会の意識ある人々がKoreaをCoreaに復権させなければなければならないと声を高めている。

19世紀後半までコリアのローマ字国号はCoreaが圧倒的に多かった。Coreaは何と700年の歴史を誇るがKoreaは遙か後に断続的に出てきて、20世紀を前後してアメリカと日本の影響で勢力を伸ばした名称である。

Koreaは、日帝に強制的に占領され、南と北に分かれた去る一世紀の間の受難と羞恥、分断の痛みを象徴する名前でもある。Coreaの復権運動は近代史の痛みを清算して、21世紀を迎え、民族史的誇りを新たに回復しようという趣旨である。

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▲『コレア、コリア』

オ・インドン博士の『コレア、コリア』によると、現存する記録でCoreaが最初に登場するのは1572年である。ポルトガルの朝鮮布教責任者ヴィレラが1571年にイエズス会のボルハ(Francisco Borja)総長に送った手紙で「中国と日本の間にあるCoreaと呼ばれる他の王国…」という言及がある。

一方、Koreaは約100年後である1671年に『ハメル漂流記』のドイツ語翻訳版が出版されたときに初めて表記された。しかし、これはドイツ語の音価に移す過程でCがKに変わったことに過ぎなかった。以後、相当期間発行された出版物でKorea表記は見つけることはできません。1704年と1752年にロンドンで出版されたハメル漂流記英訳版にもCoreaと表記された。

我が国のローマ字表記はポルトガル、スペイン、オランダ、イタリア人が各自の表記法によりCoree、Core、Coray、Corea、Chausien、Cauly、Cauli、Corey、Cory、Corai、Coriaなど多様に存在した。16世紀末からCoreaが主な名前となり、19世紀に至って事実上の国号として統一された。1800年代まで西洋の著書と地図に使われた我が国のローマ字の名前はほとんどがCoreaであり、1800年代末に朝鮮政府が西洋各国と交換した公式外交文書でも朝鮮のローマ字国号をほとんどCoreaと表記した。

▼KoreaはCoreaの亜流…米・日の影響で拡散

Corea表記の亜流として断続的に登場したKoreaが19世紀末に至って突然浮上したのはアメリカと日本の影響のためであったアメリカは1882年に朝米修好条約を締結した時はCoreaを使ったが、1891年にアレン(H.Allen)公使がKoreaと書き始めた後、1905年に公使が撤収するまで継続した。同年7月29日、アメリカは日本の朝鮮支配を黙認した桂‐タフト密約でもKoreaと表記した。

他のヨーロッパ諸国はもちろん、同一言語圏であるイギリスが一貫してCoreaを使ったにもかかわらず、アメリカがなぜこの時期からKoreaに転換させたのかは正確に知られていない。とりあえず当時の国際情勢を考慮した可能性が大きい日本が朝鮮を植民地にしようと野心をあらわしながら公式名称であるCoreaよりはあまり知られていなかったKoreaに、さらに日本式表記であるChosenに格下げする動きを見せたためである

北朝鮮学者コン・ミョンソンの『日本の外交資料集成』によると、〈日本は1910年6月3日、対韓国併合後の施政方針を決めた。…併合準備委員会を設置して条約文をはじめとするすべての対外関係文書で我が国の国号の表記をすべてKoreaと表記した。8月29日に勅令318号で列強に正式通知するのに先立ち、すでに条約が批准される一日前である8月21日に我が国の国号の表記をKoreaにしながら併合事実を報道した〉となっている。

我が国をKoreaに替えて表記した日本は、次の段階で大韓国を『朝鮮』と改称して統治機関である朝鮮総督府(Government General of Chosen)をたてた。総督府は漢陽駐在の各国公領事館と交換した文書で、我が国のローマ字表記をCoreaでなくChosen(朝鮮)とのみ書いた。

日本の植民地になって大韓帝国は消滅し、Corea、Koreaの英文表記も事実上消えた。問題は日本敗亡後、南北韓(韓国・北朝鮮)の政府樹立が行われる時、戦勝国であるアメリカの表記慣行によりKoreaで固まったということである

知らされている通り、コリアは高句麗を継承した高麗から始まった名前である。我が国の国号がローマ字で記録されたのは13~14世紀のモンゴル帝国を介してヨーロッパ諸国が最初に表記し始めたし、当時、高麗の麗の発音が「リ」だったというのが定説である

Core、Cory、Corijなどの名前が歳月の流れと共にCoria、Coreaに発展したというのである。これは中国を統一して帝国になった秦の『ジン(Chin)』にaを付けて『China』にしたのと同じ原理である。

オ・インドン博士は「ラテン語では固有名詞に接尾辞で『a』または『ia』がつけば、その地(land)、国(nation)または地域(region)を意味する」としながら「高麗が一つの国ということを知った西洋人がCoreにaを付けてCorea(高麗国)と呼んだ可能性が大きい」と分析した。

ニューヨークの在野史学者ポール・キム博士も「遼東の東千里、中原の地に建国された高句麗は漢より歴史が先んじて、表音文字である吏読語でカウリ(高句麗)と呼ばれた天子の国だった」として、Cauly、Cauliの歴史的淵源を説明した

ポール・キム博士は「CoreaがKoreaに葬られたのは、日本の主演、アメリカの助演に私たち韓民族がエキストラとして放任した結果だと考えられる。今、誇らしい高句麗の魂が込められているCorea国号を取り戻さなれければならない時」と強調した。(機械翻訳 若干修正)


なぜ、現在の国号『Han-guk(韓国)』にしようという主張はどこからも出てこないんでしょうね。

昔の名前で出ています
B000AQGKFS