(日曜新聞 韓国語 2015/01/28)

安東河回村(世界遺産2010年登録 安東市豊川面河回洞)の忠孝堂は宝物第414号であり西厓リュ・ソンリョン(柳成龍)の生家でもある。ここの庭には去る1999年4月に安東河回村を訪れたエリザベス2世イギリス女王が安東市訪問の記念として植えたチョウセンシラベ(朝鮮白檜 Abies koreana)がある

ところが<日曜新聞>の取材の結果、エリザベス2世イギリス女王が植えた記念植樹は翌年9月に枯死していたことが明らかになった。女王記念植樹の木が死んだことはイギリスに外交的に‘失礼’を犯しているのであるから恥かしいことである。

しかし、関係当局は‘死んだ木’を堂々としているかのように‘偽装’して、何の問題もなかったかのように平気で展示している。現在、忠孝堂の前に植えられた木は同じ樹種の他の木である。記念植樹の表示板と河回村観光解説士の解説マニュアルには相変らずイギリス女王が直接記念植樹した木であるかのように偽りの案内をしている。どういう事情なのかその内幕を追跡した


「垣根に囲まれている木が見えますか?何かすごい木のようです。あの中の木をエリザベス2世イギリス女王が植えて行かれました。」

安東河回村観光解説士の説明を聞いた観光客が、記念写真を撮るためにエリザベス2世イギリス女王記念植樹の前に三々五々集まった。記念撮影を終えた観光客はチョウセンシラベの前にある表示板を覗き込んで、再び目の前にある木を確認していた。

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表示板には〈このチョウセンシラベは1999年4月21日、イギリス女王であるエリザベス2世が伝統と文化が息づく安東河回村訪問を記念するために植えられたものである〉という文がハングルと英文で彫られていた

しかし、この木はエリザベス2世イギリス女王が植えたその時のその木ではない

エリザベス2世イギリス女王はキム・デジュン元大統領の招待で1999年4月19日から22日まで韓国を公式訪問した。大韓民国建国以来イギリス国家元首としては初めての訪問であったため、エリザベス2世イギリス女王の一挙手一投足に国民皆の耳目が集中した。イギリス女王は公式訪問期間である21日にソンビの故郷である安東河回村を訪問し、これを記念するための植樹行事を盛大に行った。

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当初イギリス女王の記念植樹種には5種類の候補樹種があった。‘生きて千年、死んで千年’という朱木(イチイ、アララギ)と韓国を代表するアカマツ、河回村の入り口の主大監(守り神)でもあるケヤキ、寒さに強くて古風であるエンジュ、韓国の特産種であるチョウセンシラベがそれだった。

結局、記念植の樹種には、全世界的に『韓国モミ』(Korean Fir)と呼ばれてクリスマスツリーとして愛用されるチョウセンシラベが嘱望された。韓国固有樹種であるチョウセンシラベは天女が空から降りて入浴する時に服をかけておくという伝説を持っている。

漢拏山と智異山などに自生するチョウセンシラベは他の木々と違い実が地面を見ないで空に向かうことが特徴だ。このため寒さによく耐える力と伝説の中の天女のように優雅な樹形を持つチョウセンシラベがイギリス王室の品格に最もよく適合するという意見が集められた。結局、イギリス女王記念植樹種にはチョウセンシラベが最終的に選ばれた

問題はチョウセンシラベが移植が難しい樹種であることだった。山岳地帯によく育つチョウセンシラベを平地に植えるなら諸条件に合った砂と土などを準備しなければならなかった。しかし、事前の準備にもかかわらず、エリザベス2世イギリス女王が植えた大きな円筒形のチョウセンシラベが根を下ろすには大きな制約があり、すぐに疲弊し始めた。このため専門家たちの土壌疫学調査など様々な措置が続いたが、結局、イギリス女王の木は一年半ぶりである翌年9月に枯死してしまった

これに安東市は、比較的生かしやすい若いチョウセンシラベを江原道寧越郡から移してきて植えるように措置した現在の安東河回村忠孝堂の前のチョウセンシラベがこの時、もう一度植えた木である。エリザベス2世が植えた葉が生い茂って雄壮な大きさのチョウセンシラベではないが、江原道寧越郡から移されて植えた若いチョウセンシラベは根をしっかり下ろし今に至っている。しかし、以前のチョウセンシラベは円筒形で雄壮な大きさを誇るが、現在の木は大きさが小さくなったし、幹が見えるほど葉が生い茂っていないため、多少小さく見えるほうだ。

安東市庁のある関係者は「当時記念植樹を担当した担当者が変わった関係で詳しい回答は難しい」としつつも「エリザベス2世イギリス女王が植えた木が枯れて、同じ樹種の他の木を植えたことは事実である」と話した。

引き続き、安東市庁関係者は「チョウセンシラベ自体は元々智異山や漢拏山のような高山地域で自生する木だ。自然の寒さには強いが記念植樹をするには難しい種でもある」と付け加えた。初めから記念植樹の樹種として適していないということを知りながらも、目の子算式で樹種を選択したのではないのかという疑惑がある部分である。

しかし、このような事実を一般観光客が知ることは難しい状況である。記者が安東市を訪問した去る20日までも、忠孝堂の前のチョウセンシラベの表示板には〈エリザベス2世イギリス女王が植えた木〉という内容だけ表記されていた。イギリスに対する外交的欠礼はもちろんとして観光客もだましている状況である。

韓国観光公社側が教育旅行専門旅行会社と連携して運営するプログラムの解説士も、学生たちをはじめとする観光客に「イギリス女王が植えた木」と言及することがすべてであった

しかし、イギリス王室に対する欠礼や一般観光客が失望することになるという可能性はともかくとして、誤った歴史的事実を表示板で明確に摘示して国民が正しく知ることができるようにしなければならないという指摘が生じている。

実際、1970年に安東市の陶山書院にパク・チョンヒ元大統領が記念植樹したコウヤマキ(高野槙)が2年後に枯死して他のコウヤマキに変えたという事実が40年余りぶりに明らかになり、文化財庁は2011年に〈ここは1970年12月8日にパク・チョンヒ元大統領が陶山書院の聖域化事業の竣工を記念するために青瓦台(大統領府)のコウヤマキを移して植えた所ですが、1972年の枯死にともない、1973年4月、同位置に同樹種を再び植栽した〉と石碑の内容を修正した

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また、ブッシュ元アメリカ大統領(父ブッシュ)が副大統領時の1982年、汝矣島の国会を訪韓して植えたという『国会記念植樹1号』である朱木が1年ぶりに枯死して国会内にあった他の木を植栽した事実が明らかになり、国会側は去る2012年11月に“替え玉”記念植樹1号を抜き取り、入れ替えが摘示された石碑を新しく建てた

これに安東市庁関係者は「陶山書院にあるパク・チョンヒ元大統領記念植樹の石碑が交換された当時、内部で河回村のイギリス女王記念植樹の表示板も変えなければならないのでないかという議論があることはあった」として「しかし、現在忠孝堂の前にある木がイギリス女王が植えた木ではないとしても、チョウセンシラベが持つ意味が変わることではない。イギリス女王が“記念植樹をした”という行為自体に意味があるということだと考える。現在としては表示板交換問題は議論されていない」と話した。しかし、このような安東市の説明には、公務員たちが先頭に立って歴史的事実を歪曲しているという批判が起きている。

旅行会社と連携して安東河回村で解説プログラムを運営している韓国観光公社側は「旅行会社と連携したプログラムの場合、資格証を持つ観光ガイドの方や業者で自主的に解説マニュアルを持っている」としつつも「イギリス女王記念植樹が枯死したという情報を安東市と共有することが出来なかった側面もある。今後、韓国観光公社として安東河回村に関連するパンフレットが発刊されるならば、このような事実は反映しなければならないという考えだ」と付け加えた。

文化財元に取り戻す代表へムン僧侶は「安東河回村はソンビ文化のゆりかごであるところである」として「伝統文化の象徴であるところで歴史的事実をきちんと知らせることができない表示板があるということは国民監査請求などの方法を通じても改善しなければならない問題だと考える」と指摘した。(機械翻訳 若干修正)


何でも見よう見まねの劣化コピー、見てくれさえ取り繕ってあればケンチャナヨっていうお国柄がよく表れていますね。

八重しだれ桜 大苗
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