(ニュースプライム 韓国語 2014/04/18)

韓国ヤクルトは去る1969年から45年間、国内の発酵乳の歴史を共にしてきた企業だ。設立初期、国内初の乳酸菌発酵乳『ヤクルト』を発売して発酵乳市場を切り開いて以来、今までただ一度も発酵乳業界1位の地位を出たことがない。このように発酵乳事業は韓国ヤクルトが“最も上手で、自信がある”分野だが、景気低迷と競争の激化でかなり以前から成長の限界が予測されてきた。それでも韓国ヤクルトはこれを克服する方策や発酵乳事業の代替になる新事業を発掘できずにいる。

韓国ヤクルトは発酵乳の生産・販売を主力事業として営んでおり、全体の売上高の80%以上を発酵乳部門で上げている

しかしここ数年間、国内景気の低迷と市場競争の激化で国内発酵乳市場の成長の勢いはますます鈍化している。これによって韓国ヤクルトの発酵乳売上高も△2010年8,979億ウォン△2011年9,560億ウォン△2012年9,814億ウォンを記録し、毎年成長率が減っている。

こうした中、韓国ヤクルトの競合他社は海外販路開拓、新規事業進出など発酵乳部門の売り上げ挽回のために多角的に事業を展開している。韓国ヤクルトも教育事業など新事業に飛び込んでいるが、これという成果を出せずにいる。その上、韓国ヤクルトは海外事業が不可能というハンディキャップを抱えており、発酵乳の売り上げ不振打開に、より一層難航している状況だ。

韓国ヤクルトが海外進出をできない理由は胎生的限界にある。韓国ヤクルトは設立当時、国内の技術では発酵乳を開発・生産できず、日本のヤクルト社(ヤクルト本社)と合弁契約を結んだ。これで韓国ヤクルトは国内に根を置きながらも外国資本が経営に関与する形なのに、合弁契約が『海外進出をしない』という条件付きで締結されていて海外事業が不可能だ


◆日本ヤクルト社、40年間に役員39人派遣

これと関連し、韓国ヤクルトへの日本ヤクルト社の経営関与論議は過去から続いてきた。これについて韓国ヤクルト側は「日本ヤクルト社が持分(38.3%)を保有していることは確かだが、韓国ヤクルトで独自に経営している」と一蹴してきた

しかし、韓国ヤクルトのこのような主張は事実と異なることが分かった。日本ヤクルト社の関与なしに独自経営をしているというが、実際は日本ヤクルト社から役員を継続的に派遣してきたことが確認された

両社は先立って合弁事業契約を妥結した当時、同数の役員を置くように協議したことが分かった。これに韓国ヤクルトは1971年の合弁会社スタート当時、ユン・クェビョン社長と日本ヤクルト社の相馬省二氏を共同代表理事に選任した。また、両社からそれぞれ理事2人、監査1人ずつも選任した。

以後も、韓国ヤクルトには日本ヤクルト社から派遣された役員が布陣してきた。1971年から昨年まで日本ヤクルト社から韓国ヤクルトに派遣された日本人役員は39人に達する。同期間、韓国ヤクルトの国内役員は53人程度で、全役員のうち42.4%を日本ヤクルト社の役員が占めてきた。

韓国ヤクルト創業初期には日本ヤクルト社の役員だけでなく技術陣も派遣されて発酵乳の生産技術などを指導してきたが、事業が安定期に入り役員級だけ派遣してきた。韓国ヤクルトの日本ヤクルト社役員は2010年を前後して減り始め、2014年4月現在は1人の日本人役員だけが勤務し、韓国ヤクルトの経営状況を見ている。

これについて韓国ヤクルト関係者は「日本ヤクルト社の役員1人が日本と韓国を行き来しているが、直接的な経営関与や決裁はしていない」として「日本ヤクルト社で韓国ヤクルトに持分を投資しただけに職員を派遣したものと理解している」と話した。

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◆日本ヤクルトの顔色を窺うこと'相変わらず'

日本ヤクルト社で持分投資の延長線上として職員を派遣しているというだけで、経営には関与していないというのが韓国ヤクルト側の説明だ。しかし、このような説明と異なり韓国ヤクルトは事業経営において相変らず日本ヤクルト社の顔色を窺い、事業にも制約を受けている格好だ。

代表的に韓国ヤクルトは合弁会社の設立条件だった『海外進出をしない』という条項により、輸出をはじめとする海外事業を全く広げることができない。

韓国ヤクルト関係者は「この条件がなくても発酵乳輸出は最初からするつもりはない」として「発酵乳製品自体が賞味期限がとても短く、液状自体で輸出が大変だ。現地工場を作って製品を発売しなければならないが、すでに日本ヤクルト社が海外各国に持分投資を通じて進出している状況」と説明した。

しかし、韓国ヤクルトは日本ヤクルト社の技術なしに独自で開発した技術や、これを活用した製品で海外進出を着実に試みている。

一例として、日本ヤクルト社の経営干渉を受けずに事業を進めるために独自の乳酸菌の種菌と生産技術開発に熱を上げた。これを通じて日本ヤクルト社の技術で発表した『ヤクルト』発売10年ぶりである1981年に独自の種菌の培養に成功し、独自の技術開発も進めている。韓国ヤクルトはこのように開発した乳酸菌技術を基に製品を生産し、海外輸出を推進するという方針だったが実現することができなかった。

日本ヤクルト社の陰から抜け出すための韓国ヤクルトの努力は、第2の主力事業として選んだラーメン事業でも探してみることができる。韓国ヤクルトが1983年に『パルド』というブランドでラーメン市場に進出した当時、日本ヤクルト社ではすでにラーメンを生産・販売していた。

そのため韓国ヤクルトは日本ヤクルト社からラーメン製造技術を伝え受けてラーメン事業をより簡単に展開できたが、ラーメン事業だけは独自に展開するという方針を守った。このように日本ヤクルト社と別にラーメン事業を進めた韓国ヤクルトは、ラーメン発売初年度から海外輸出を活発に展開して海外輸出の道が塞がっている発酵乳事業の念願を代わりではあるが解いた。

しかし、海外事業を進めた韓国ヤクルトのラーメン事業部門が去る2012年にパルドという別の法人として分離して、現在、韓国ヤクルトが展開する海外事業は一つもない実情だ。発酵乳市場の成長鈍化に内需低迷の長期化までかみ合わさった中、韓国ヤクルトが日本ヤクルト社によって遮られている海外輸出でないどんな成長代案を出すのか見守らなければならない見通しだ。(機械翻訳 若干修正)


韓国企業はどこも変わらずですね。



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